特集:
2008/06/05 日記<京都大学>
京都大学
概観
大学全体
京都大学は日本で2番目に創設された帝国大学の流れをくんでいる国立大学である。予算や教員数といった規模も考慮した総合的な順位としては、日本で2番目の大学といえるが、実際最上部の学生や最先端をゆく教員の質は東大のそれに比肩しうる。この質的な水準を維持する精神的な基盤として京都大学では「自由の学風」を謳っており、学問領域以外でも学生自治活動等が活発に行われている。また、京都大学西部講堂|西部講堂のロックコンサートなどに代表される京都地区における文化発信地としての役割も担ってきた。日本において出身者のノーベル賞受賞者数が最多の大学である(今までに6人の受賞者を輩出[http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Kyoto_University_people#Nobel_Laureates])。
建学の精神(校訓・理念・学是)
創立以来「自由の学風」を建学の精神としている。国立大学法人となったあとに制定された京都大学の基本理念でも「自由の学風」が謳われている。
教育および研究
京都大学は学部・研究科以外に13の研究所、17の研究センターを設置している。2006年3月現在、日本の大学の中で最多である。そのうちの9つの研究所・研究センターは、他の大学や研究機関に研究設備を提供する「全国共同利用研究所」・「全国共同利用研究センター」となっている。この「全国共同利用研究所」の仕組みを初めて採用したのは京都大学の基礎物理学研究所である。これらの事実について京都大学の関係者は「幅広い分野において日本を代表する学術研究拠点となってきた、京都大学の社会的特徴を表している」と考えている。
学風および特色
京都市内の繁華街からはなれた古都の風情を残す落ち着いた環境の中にあり、何よりも静かな環境の中で学問に集中することができ、何事も学生の自主性に任せるという「自由の学風」を標榜しており、毎年行われる11月祭や折田先生像をめぐる落書き、卒業式での仮装などにもその一端を垣間見ることができる。しかし、改装や建てかえが進んで昔の面影が消え、それとともに学風が失われつつあるという声も京都大学関係者の一部で聞かれる。かつての、市電に乗る金がなくて歩いたという大学教授や、学徒動員を経験した教授らも多くは物故し、学生運動を経験した世代など昭和の影さえも既にきえつつある。戦前、三高のバンカラや苦学生の京大のイメージが強かったが、熾烈な受験戦争の世代のあと、最近は裕福な家庭の人々が教授、学生ともに目立つようになった。
沿革
略歴
京都大学の起源は1861年(文久元年)に長崎に設立された長崎養生所(その後長崎精得館へ改称)まで遡る。長崎精得館の理化学部門は当初江戸にあった開成所(現在の東京大学)へ「理化学校」として移設することになっていたが、明治維新の混乱で実現しなかった。1868年(慶応4年)に明治政府は「理化学校」を「舎密局」(せいみきょく、後の理学校)として大阪に開設することを決定、1869年に開校した。1870年、理学校は1869年に開設された洋学校と合併、開成所となる。開成所はその名称を大阪英語学校、大阪専門学校、大阪中学校、大学分校と変遷させ、1886年に公布された中学校令によって、第三高等中学校と改称する。第三高等中学校は1889年8月1日に京都市吉田町に取得した新校地へ移転した。1894年に公布された高等学校令に基づいて第三高等中学校は第三高等学校 (旧制)|旧制の第三高等学校(以下、本記事において「第三高等学校」は特に断りのない限り、旧制第三高等学校を指す)となる。帝国大学令制定後、近畿にも帝国大学の設置をという声があがっていたが、財政難のため見送られ続けていた。1895年に西園寺公望は日清戦争で得た賠償金をもとに第三高等学校を帝国大学へ昇格させる提案を行う。最終的に第三高等学校を東一条通の南側(現在の吉田南キャンパス)に移転し、高等学校の土地・建物を大学が利用するという案が採用され、翌年予算処置が可決される。1897年6月18日に京都帝国大学設置に関する勅令が制定され、京都帝国大学が発足する。創設時の計画では1898年にまず法科大学から設置する予定であったが、工科志望者の急増により1年前倒しという形で、創設と同年の1897年に京都帝国大学理工科大学が設置された。続いて1899年京都帝国大学法科大学及び京都帝国大学医科大学、1906年京都帝国大学文科大学を設置し、約10年をかけて分科大学を設置した。初代総長には文部省専門学務局長の木下広次が就任。事務局長にあたる「書記官」には中川小十郎が就任した。当時の総長の意向もあって、「研究・教授・学修の自由を重んじるドイツ式」を採用、ドイツの大学のシステムに倣った。高根義人の主導によるこの方針は現在の「自由の学風」に影響を与えたと言われ、法科大学の卒業生の高等文官試験での不振を端として転換されたものの京都大学に独特の学風を根付かせる端緒となった事は確かである。1919年に分科大学制が学部制に変わった。その年には、経済学部が法学部から分離して独立の学部となり、1923年には農学部の設置と学部の増設が相次いだ。農学部増設と同じ年には本部構内に京都大学のシンボルとして親しまれている時計台を持つ大学本館が完成している。1926年には京都大学初の附置研究所にあたる化学研究所が設置された。昭和に入ると思想関係の締め付けが強化された世相を反映して、京都大学でも思想事件が相次ぐ。1928年、文部省はマルクス経済学|マルクス経済学者の河上肇教授の辞職を要求、教授会は河上の辞職を認める決議を出し河上は大学を追われる事になる。さらに1933年には鳩山一郎文部大臣が法学部の滝川幸辰教授の刑法理論が「赤い思想」であるとして休職処分にした事から法学部の全教官が辞表を提出、総長も文相と会見、辞意を表明したものの文部省からの切り崩しにあい、結局滝川ら7人の教官が大学を去る事態となったいわゆる「滝川事件」が起きている。戦時体制の強化に伴い、日本精神史(文学部)、東亜経済政策原論(経済学部)、航空学・燃料化学(工学部)などの国策に沿った講座が設けられ、太平洋戦争の開戦後、学生を軍隊風に編成する目的で「京都帝国大学報国隊」が結成される。1943年、文系学生の徴兵猶予が停止され、学生が続々と戦場に赴いた。京都大学の学徒出陣壮行会では総長を先頭に平安神宮に参拝、必勝を祈願したという。第二次大戦終結後、公職追放によって大学を免職になる教授が出る一方で、滝川事件で大学を去っていた滝川幸辰らが大学に復帰した。創立五十周年にあたる1947年には大学名から「帝国」が削られ、京都大学と改称、1949年には第三高等学校を統合している。同年には、理学部教授湯川秀樹が日本人初のノーベル賞に輝き、京都大学ではこれを記念して湯川記念館を設置、その後湯川記念館は基礎物理学研究所に改組されている。1968年、青年医師連合の京都大学の支部による医学部大学院入試ボイコットの呼びかけに応じなかった受験生に青医連メンバーが暴行を働いたいわゆる「青医連事件」を端緒として教養部は無期限ストに入り、学生部はロックアウトされた。東大のような入試中止という事態は免れたものの、戦後はじめて卒業式が中止に追い込まれ、さらに翌年度になってもいくつかの建物のロックアウトは依然続き、全面解除は9月まで持ち越されている。1992年、総合人間学部が設置され、翌年には教養部が廃止、同時に大学院大学への移行も行われ、現行の大学組織の形に改編された。1997年に京都大学は創立百周年を迎えた。そして2004年、時代の流れにより国の改革のひとつとして国立大学法人法が施行されその規定により京都大学は国立大学法人に改組した。本稿ではこれらの経緯から創立は第三高等学校の前身である舎密局の設置年である1869年、設立は京都帝国大学が誕生した1897年としている。
年表
基礎データ
所在地
象徴
学歌
作詞 水梨彌久、作曲 下総皖一。1939年に出された「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」に応えるものとして1940年に制定された。歌詞は前年に学内で公募されたもので、卒業生の水梨の作品が一等に選ばれた。卒業式と入学式などで使われる。なお、卒業生で指揮者の朝比奈隆のファーストレコーディングは、この学歌である(テイチクエンタテインメント|テイチク。演奏は京都大学交響楽団)。歌詞は京都大学の公式サイト上に紹介されている。1997年の創立百周年を期に新しい学歌の制定を計画し、歌詞の募集も行なわれたが、結局「従来の学歌の方がよい」との意見が多数を占めたため、計画は中止された。そのほかの京都大学に関係する歌としては以下のようなものがある。
:作詞 長崎太郎、作曲 芥川徹。1953年制定。歌詞は公募によるもの。
:作詞 中川裕朗、作曲 多田武彦。1958年制定。歌詞は公募によるもの。
:作詞 久保田規美夫、作曲 橋本崇志。1959年制定。
:作詞 白石裕、作曲 元山邦夫。1961年制定。歌詞は公募によるもの。
:作詞 酒井裕、作曲 京都大学吹奏楽団。1981年制定。歌詞は公募によるもの。
:作詞 澤村胡夷、作曲k.y. 作曲者の本名は不明である。もともと第三高等学校のあるクラスのクラス歌であったものが、全校で歌われるようになり、第三高等学校・京都大学を象徴する歌となった。1946年に黒澤明監督の映画「わが青春に悔なし」の挿入歌として使われたことで日本国民一般にも知られるようになった。なお当初の歌詞は現在伝わっているものと一部が異なる。
:第三高等学校水上部(現京都大学ボート部)部員の小口太郎が1917年の琵琶湖周航の途上に作詞した。曲は当時部員の間で流行していた歌「ひつじぐさ」(作曲 吉田千秋)のものを流用している。第三高等学校の寮生らに愛唱された。
学旗
学歌と同じ趣旨で1940年に制定された。学旗の意匠は京都大学の公式サイト上に紹介されている。
スクールカラー
スクールカラーは濃青である
エンブレム
吉田キャンパス時計台前のクスノキを図案化したものが大学のエンブレムとして使用されている。もともとは1950年ごろから「事務局シール」として印刷物などに用いられていたもので、1990年に正式にエンブレムとして了承された。
入学状況
2008年度の学部入学者2,901人中、出身高校所在地別入学者比率は、近畿地方が57.7%と最も多く(大阪府18.8%、兵庫県12.3%、京都府10.4%)、以下、中部地方14.5%、関東地方8.7%、九州・沖縄地方6.7%、中国地方6.5%、四国地方3.3%、東北地方1.4%、北海道1.1%となっている(→帝国大学#入学状況)。
他の旧帝国大学では、大学が所在する都道府県からの入学者が最も多いが、京大では京都府出身者が3番目であり、唯一そのようになっていないという特徴がある。
教育および研究
組織
学部
総合人間学科
人文学科
哲学専修
西洋哲学史専修
日本哲学史専修
倫理学専修
宗教学専修
キリスト教学専修
美学美術史学専修
国語学国文学専修
中国語学中国文学専修
中国哲学史専修
インド古典学専修
仏教学専修
西洋古典学専修
スラブ語学スラブ文学専修
ドイツ語学ドイツ文学専修
英語学英文学専修
アメリカ文学専修
フランス語学フランス文学専修
イタリア語学イタリア文学専修
日本史学専修
東洋史学専修
西南アジア史学専修
西洋史学専修
考古学専修
心理学専修
言語学専修
社会学専修
地理学専修
科学哲学科学史専修
情報・史料学専修
二十世紀学専修
現代史学専修
教育科学科
学科組織無し
経済学科
経営学科
理学科
医学科(6年制)
保健学科
総合薬学科(4年制、平成17年度入学者まで)
薬学科(6年制、平成18年度入学者以降)
薬科学科(4年制、平成18年度入学者以降)
地球工学科
建築学科
物理工学科
電気電子工学科
情報学科
工業化学科
資源生物科学科
応用生命科学科
地域環境工学科
食料・環境経済学科
森林科学科
食品生物科学科
大学院
文献文化学専攻
思想文化学専攻
歴史文化学専攻
行動文化学専攻
現代文化学専攻
教育科学専攻
臨床教育学専攻
法政理論専攻
法曹養成専攻(専門職学位課程、法科大学院)
経済システム分析専攻
経済動態分析専攻
現代経済・経営分析専攻(2006年度より現代経済学専攻とビジネス科学専攻を再編)
数学・数理解析専攻
物理学・宇宙物理学専攻
地球惑星科学専攻
化学専攻
生物科学専攻
医学専攻(4年制博士課程)
医科学専攻(修士課程・博士後期課程)
社会健康医学系専攻(専門職学位課程、公衆衛生大学院・博士後期課程)
人間健康科学系専攻
創薬科学専攻
生命薬科学専攻
医療薬科学専攻
医薬創成情報科学専攻
社会基盤工学専攻
都市社会工学専攻
都市環境工学専攻
建築学専攻
機械理工学専攻
マイクロエンジニアリング専攻
航空宇宙工学専攻
原子核工学専攻
材料工学専攻
電気工学専攻
電子工学専攻
材料化学専攻
物理工学専攻
物質エネルギー化学専攻
分子工学専攻
高分子工学専攻
合成・生物化学専攻
化学工学専攻
農学専攻
森林科学専攻
応用生命科学専攻
応用生物科学専攻
地域環境科学専攻
生物資源経済学専攻
食品生物科学専攻
共生人間学専攻
共生文明学専攻
相関環境学専攻
エネルギー社会・環境科学専攻
エネルギー基礎科学専攻
エネルギー変換科学専攻
エネルギー応用科学専攻
東南アジア地域研究専攻
アフリカ地域研究専攻
知能情報学専攻
社会情報学専攻
複雑系科学専攻
数理工学専攻
システム科学専攻
通信情報システム専攻
統合生命科学専攻
高次生命科学専攻
地球益学廊
地球親和技術学廊
資源循環学廊
地球環境学専攻(博士課程)
環境マネジメント専攻(修士課程・博士後期課程)
公共政策専攻(専門職学位課程、公共政策大学院)
経営管理専攻(専門職学位課程、経営管理大学院)
短期大学部
附属機関
高等教育研究開発推進機構
環境安全保健機構
国際イノベーション機構
国際交流機構
情報環境機構
図書館機構
医学部附属
文学研究科附属
教育学研究科附属
法学研究科附属
経済学研究科附属
理学研究科附属
花山天文台(京都市山科区)
飛騨天文台(岐阜県高山市)
火山研究センター(熊本県南阿蘇村)
医学研究科附属
薬学研究科附属
工学研究科附属
農学研究科附属
本場(大阪府高槻市)
京都農場(北部構内)
化学研究所
京都大学人文科学研究所|人文科学研究所
京都大学再生医科学研究所|再生医科学研究所
エネルギー理工学研究所
生存圏研究所
信楽MU観測所(滋賀県信楽町)
赤道大気レーダー(インドネシアスマトラ島)
防災研究所
上宝観測所(岐阜県高山市)
北陸観測所(福井県鯖江市)
逢坂山観測所(滋賀県大津市)
屯鶴峰観測所(奈良県香芝市)
阿武山観測所(大阪府高槻市)
鳥取観測所(鳥取県鳥取市)
徳島観測所(徳島県石井町)
宮崎観測所(宮崎県宮崎市)
徳島地すべり観測所(徳島県三好市)
宇治川水理実験所(京都府伏見区)
大潟波浪観測所(新潟県上越市)
穂高砂防観測所(岐阜県高山市)
白浜海象観測所(和歌山県白浜町)
潮岬風力実験所(和歌山県串本町)
京都大学基礎物理学研究所|基礎物理学研究所
ウイルス研究所
経済研究所
京都大学数理解析研究所|数理解析研究所
原子炉実験所(大阪府熊取町)
京都大学霊長類研究所|霊長類研究所(愛知県犬山市)
幸島観察所(宮崎県串間市)
屋久島観察ステーション(鹿児島県屋久島町)
東南アジア研究所
学術情報メディアセンター
放射線生物研究センター
生態学研究センター(滋賀県大津市)
地域研究統合情報センター
放射性同位元素総合センター
環境保全センター
国際交流センター
高等教育研究開発推進センター
総合博物館
国際融合創造センター
低温物質科学研究センター
フィールド科学教育研究センター
京都大学白浜水族館|白浜水族館
福井謙一記念研究センター
こころの未来研究センター
保健管理センター
カウンセリングセンター
大学文書館
ナノメディシン融合教育ユニット
生存基盤科学研究ユニット
次世代開拓研究ユニット
先端医工学研究ユニット
生命科学系キャリアパス形成ユニット
女性研究者支援センター
埋蔵文化財研究センター
アフリカ地域研究資料センター
ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー
研究
21世紀COEプログラム
採択23件
生命科学
化学・材料科学
情報・電気・電子
人文科学
学際・複合・新領域
医学系
数学・物理学・地球科学
機械・土木・建築・その他工学
社会科学
学際・複合・新領域
革新的な学術分野
教育
教養科目
京都大学での学部段階での教育は、全学が対象の教養科目と各学部ごとの専門科目に大別される。このうち教養科目については、1993年の教養部廃止以降、全学共通科目を中心に再編された。教養科目と専門科目の分担は、1・2回生を教養課程、3回生以上を専門課程とするような学年による区分は行なわず、1回生では教養科目を多く履修し、学年が上がるに従って専門科目の割合を徐々に増やし、卒業までに教養・専門のそれぞれで必要な単位を取得する方式をとっている。ただし学部によっては、途中の年次までに所定の教養科目の単位を取得していないと系登録・研究室配属などができない(事実上の原級留置|留年)ことがある。教養科目の大半は全学共通科目であり、以下の5群に分類される。
ただし一部の科目はA・C群、B・D群など複数の群に属し、学生が履修登録時にどちらの群の科目として履修するかを選択する。学部ごとに各群から取得すべき単位数が定められている。学部によっては、一部の科目を卒業に必要な単位としては認めないことがある。たとえばB群には文系学生向けの数学の講義が含まれるが、これを理系学部の学生が履修しても単位として認められない。特に、工学部生は学部指定のB群科目以外は一切卒業単位に認定されない。なお、総合人間学部生に対しては、C群を除いて群の概念そのものが適用されない。また、文学部生も平成16年度以前入学者については、A・B・D群が同一視されていた。このほか次のような科目が設けられており、科目内容によってA〜D群の単位として認定される。
:1998年度より行なわれるようになった。異なる専門分野の教員と接することで視野を広げることを目的としている。
:ほぼ同数の留学生と日本人学生を対象に英語で講義を行なう。教養科目の運営は、教養部廃止時には総合人間学部が担当していたが、2003年以降は新設された高等教育研究開発推進機構が担当している。履修登録や休講・レポート・試験などの連絡をWEB上で行なうため、全学共通教育教務情報システム(略称 KULASIS = Kyoto University's Liberal Arts Syllabus Information System、クラシス)が運用されている。
採択されているプログラム
外国語教育の再構造化-自律学習型CALLと国際的人材養成-
相互研修型FDの組織化による教育改善
国際連携による地球・環境科学教育 -アジア地域の大学との同時進行型連携講義の構築と実践-
新しい蘇生教育の広域展開する薬剤師育成
京都大学長期海外留学プログラム
実践的理論教育高度化プロジェクト
実務基礎教育の在り方に関する調査研究
臨床研究者養成プログラム
先端医療の育・創薬を先導
理論・実践融合型による教育学の研究者養成
学際的エネルギー科学研究者養成プログラム
社会との協創による情報システムデザイン
化学教育トリニティ
横断型系統的医学研究キャリアパス形成
臨地教育研究による実践的地域研究者の養成
シミュレーション科学を支える高度人材育成
生命科学キャリアディベロップメント
大学院地球環境学舎インターンシップ
学生生活
サークル活動
1916年に設立された朝比奈隆の出身サークルとして交響楽に詳しい人々の間では著名な京都大学交響楽団や学生新聞にあたる「京都大学新聞」を発行している京都大学新聞社などが知られている。また、京都大学では学生運動の名残が残っており、近年でも石垣カフェのような事件も発生している。
学園祭
:例年11月下旬に4日間、吉田キャンパス内、吉田南構内および本部構内にて行われる。略称は、11月祭もしくはNF(November Festival)。
スポーツ
京都大学体育会が課外スポーツの振興に当たっており、現在51のクラブが所属している。京都大学のアメリカンフットボールチームは「京都大学ギャングスターズ|ギャングスターズ」の愛称で知られ、大学チャンピオン6回、日本チャンピオン4回の経験がある。特に1986年と1987年は、甲子園ボウル(東西大学王座決定戦)・ライスボウル(日本選手権)連覇を果たした。関西学生アメフトDIV1所属。京都大学体育会硬式野球部は関西学生野球連盟に加盟し、関西六大学野球連盟 (旧連盟)|旧関西六大学野球連盟時代に2度の優勝がある。帽子のロゴ「DB」はDark Blueの略で、スクールカラー「濃青」にちなんでいる。
関連項目
大学関係者と組織
大学関係者組織
同窓会
全学規模の同窓会として、京都大学同窓会が2006年11月に発足した。これ以前から学部・研究科や専門分野ごとに以下のような同窓会がある。
また地域ごとの同窓会組織がいくつか存在する。
京都大学学術出版会
京都大学学術出版会は、京都大学における学術的成果を主として出版活動を通じて公表・普及することを目的とした有限責任中間法人である。社員は京都大学やその研究科・研究所などから推薦された教職員・卒業生・名誉教授からなり、事務所は京大会館内にある。「西洋古典叢書」、「生態学ライブラリー」、「地域研究叢書」といったシリーズをはじめとする学術書・教育書や、学術雑誌「アルケー 関西哲学会年報」、「二十世紀研究」を刊行している。
学士会
学士会|社団法人学士会は、帝国大学|旧帝国大学出身者、教授・助教授・学長(経験者含む)で構成されており、もちろん京都大学の卒業生、修了生も加盟することができる。詳細は、学士会を参照。
大学関係者一覧
施設
キャンパス
吉田キャンパス
「吉田地区」と呼ばれることもある。道路によって以下の7つの「構内」と呼ばれる地区に区分されている。各構内の名称は2000年代から用いられるようになったものであり、教員・学生の間では以前の通称が用いられることもある。
本部構内
北部構内
吉田南構内
西部構内
講義室や研究室はなく、スポーツ実習のほかは専ら課外活動に使われる。西部講堂前にサークル棟がある。このサークル棟が老朽化しているため建て直す計画があるが、新しい建物の管理方法をめぐって学生側と大学の意見が合わず、具体化していない。入学式、卒業式、学位授与式といった式典は総合体育館で行なわれる。
医学部構内
薬学部構内
病院構内
通常は学生の姿を見かけることはない。東大路沿いに放送大学のパラポラアンテナがある。
過密問題
吉田キャンパス、特に本部・吉田南構内は狭い敷地に多くの建物が密集して建っており、建物の間の通路幅が狭いほか、駐車スペースもほとんどない。このため自動車の構内乗り入れ・駐車は厳しく規制されている。バイクの構内走行にも規制がある。また多くの学生が自転車で通学するが、駐輪場も慢性的に不足しており、本来の駐輪場以外の場所に置かれた自転車が交通の障害になる事例もある。自転車と歩行者の接触事故も後を絶たない。
防災
キャンパスのすぐ東を花折断層が通っている。この断層による地震が発生すると甚大な被害が予想されるため、建物の耐震補強工事が急速に進められている。
遺跡
吉田キャンパスからは縄文時代から近世に至る多くの遺跡が発見されている。以下に主なものを挙げる。
文化財
キャンパス内には明治から昭和初期にかけての建物も多く残されており、各時代の建築の特徴を伝える貴重な資料となっている。以下の建物が国の登録有形文化財として登録されている。
また、以下のような特徴を持った文化財登録はされていない建物もある。
周辺環境
今出川通、東大路通沿いを中心に、古書店、食堂、喫茶店など学生街の風景が見られる。周囲には西田幾多郎ゆかりの哲学の道、「逍遙の歌」の歌碑の立つ吉田山など、教員・学生にちなんだ事物も多い。京都大学の異称として小説などで用いられる「百万遍」という呼称は、キャンパスに隣接する知恩寺(大本山百萬遍知恩寺)に由来する。
宇治キャンパス
桂キャンパス
キャンパス間の交通
学生・教員向けに各キャンパス間の連絡バスが運行されている。吉田(本部構内)〜宇治間(通称宇治バス)が1日6往復、吉田〜桂間が1日7往復、宇治〜桂間が1日3往復、所要時間はいずれも50分から1時間である。しかし、渋滞などにより定時制の確保が難しい、最終バスの時間が早いため、それ以降は公共交通機関を利用しなければならないなど、学生の間には不満もある。
学生食堂
京大生協の食堂はそのメニューの数が日本一と自ら謳っている。特に学生食堂にはあまりないパフェが数多くメニューに並んでいる。西部講堂の付近にあるカフェテリアルネのパフェは16種類ものレギュラーメニューを取り揃えており、期間限定のメニューを含めると現在40種類近くが確認できている。また、南部食堂に併設される喫茶ブリュッケでも個性的なパフェが扱われている。中央食堂、吉田食堂、本部キャンパスのカンフォーラでもパフェがオーダーできる。
寮
京都大学の学生寮は広範な自治活動が認められている。また、吉田寮は現存する国立大学法人の学生寮としてはもっとも古い存在である。; 吉田寮
: 詳細は京都大学吉田寮に掲載。
: 鉄筋4階建。A棟・B棟・C棟・食堂からなる。京都大生およびその家族等、約350人が生活している。
: 女子学生のみ入寮可能
: 大学院生向けの寮
社会との関わり
京都学派
京都大学の教授として多くの哲学者を育成した西田幾多郎と田辺元らは、京都学派と呼ばれる学派を形成し、日本における哲学の理論形成に大きな影響を与えた。京都学派の思想についは、今なお世界各国で研究が続いている。
滝川事件
1933年に京都大学において発生した滝川事件(京大事件)は第二次世界大戦前に学問の自由と大学の自治が問われた大事件として記録されている。この事件をもとにして戦後、映画「わが青春に悔なし」(黒澤明監督)が製作されている。
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